スピンオフ

【ジャイアン猛言トランプ】と私・2

ひきだしの奥にあるはずなのに

おかしい。ここに入れたはずなのに…

私はある物を探していた。
後輩の由美ちゃんからもらった【ジャイアン猛言トランプ】だ。

いや、まさか。まさかだよ?
物を隠してイタズラをするという小さな妖精のせいか?

有るはずの物が見つからない。
きっと誰にでも、こういった経験があると思う。

そんな時はよく冗談めいて
『あれ~?無いなぁ。ま~た小っちゃなオッサンがイタズラしたよ』
『あ~またっすか。あるあるっすよね』
『だめですよ。ボケが始まってるの妖精のせいにしちゃ』
『そうですよ。妖精に失礼っすよ』
という会話が交わされたりする。

妖精のせいにはしてみるが、大抵の場合は自分の覚え違いが原因である。
物が見つからない時に《誰かが盗ったのかも?》という考えはとっさには浮かばない。

僕はそう。性善説で生きている。
会社ならば大人数いる分、疑念の一つでも湧こうものだが。
ここは他でもない。僕しか利用しない我が家の書斎だ。

これは本当に妖精の仕業かもしれない。
いかにもイタズラ好きな妖精が欲しがりそうな物だ。

だってそうだろう。
貴重品という訳でも無いあんな物。他に誰が欲しがる?

ひきだしの二段目。
ボクは確かにここの中に入れた。
申し込もうとしてやめた証券会社から届いた封筒の下だ。
二日ほど前に貰ってきてから一回も取り出していない。

「パパ~!ご飯だよ~」
一階から子供が呼ぶ声がする。

まさかな。
奈緖には、パパの部屋では遊ばない様にと普段から言ってある。
そして見たところその形跡もない。
整然としていて、部屋の様子は出掛ける前と何ら変わりない。

「冷めちゃうよ~。先食べちゃうからね」

続いて妻の声が階下から聞こえた。
この時、妻が在り処を知っているとは爪の先ほども思わない。

「わかった~、もうちょっとしたら行く」

僕はくぐもった中途半端な大きさで返事をする。
するとすぐに「な~に~?」と聞き返された。

「先に食べててー!」

今度はちゃんと届く様に大きな返事をした。

おかしい。やはり見つからない。
一番上のひきだしではない。それは間違いない。
ここはセロテープやらホッチキスなどの文房具類。あとは電卓などガチャガチャした物が入っている所。
ひと目で判る。ここには入れていない。

一番下の深いひきだしは、健康診断やら会社の書類を用途別にインデックスして縦収納している場所。
ここも違う。

やはり真ん中のひきだしに入れた。それは間違いないのだ。

感覚を研ぎ澄ます。本棚の下辺りから視線を感じた。

だるまさんが転んだよろしくガバッと振り向き、伏せて覗き込む。
当然だがそこには何も居ない。
あわよくば【ジャイアン妄言トランプ】を抱えた小さな妖精に手を伸ばせると思ったのだが…。

その狭い暗がりには、ゴキブリの一匹も居やしない。
そして、奈緖のオモチャが転がったりもしていない。
ならばやはり娘のせいでもないのだろう。

ただ一つ、気になる事がある。
ここ最近、全く掃除をしていないのにホコリ一つ転がっていないのはどうにも妙だ。

もしかすると…。
仕事で留守の間に、陽子が掃除をしてくれているのか?
自分でやるからいいって言ってあるのに。

僕は立ち上がってトントンと腰を叩いた。

昨晩のことをちょっと謝っておくか。
醤油のかけ過ぎに注意。僕の健康を思ってくれての事だ。
もしかすると《私の味付けが気に入らないのか!》と腹を立ててたのかもしれないが…。

その時には、部屋を掃除してくれた事に礼を言って話を逸らそう。

…それにしても【ジャイアン猛言トランプ】はいったい何処へ行ってしまったのだろう?

嗚呼、このひきだしがタイムマシンだったら良いのに…。
他にも戻ってやり直したい地点は山ほどあるが、とりあえずアレだ。
【ジャイアン猛言トランプ】の行方をハッキリさせる。

今は妖精がこの部屋から持ち出していない事を祈ろう。

続く。

第1話:ジャイアニズムな午前