千本ノック 8球目 もし九谷焼置物(大黒天)を売るならば
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九谷焼 大黒様の置物をお譲りします。
出品者:59歳男性(会社役員)
出品額:10,000円
口上スタイル:必要なくなったから
1万かぁ…。大きく出たな。
さて、どうこじつけていきましょうか?
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【商品説明】
九谷焼。大黒天の置物です。幸せを呼ぶ縁起物です。
少なくとも私はそう言われてこの大黒様を手にしました。
この置物との出会いは実に奇妙で。
いや…今思えばそれほどには奇妙ではない様な…。
何というか…話せば長くなる様で短い話なんですけどね。
いや。そう!奇妙ではあった。そこは断言しておこう。
そうでないと買っていただくアナタに失礼だ。
この置物と出会ったのは、そう、10年前。
天満宮で月初めに催される骨董市ででした。
境内は桜の木の下。
露店であぐらをかいたある爺さんに呼び止められたんです。
ゴザ二畳分は優に陣取り、
周りには大小様々な七福神の置物が並べられていました。
『アンタ。また目が合ったね』
誰だ?と思い、声の主を目で追うと、
『違う違う。俺じゃなくてこの大黒様とだよ』
その太鼓腹の老人はタバコを吹かしながら、
自らにそっくりな陶器の人形を差し出してきました。
いつ目が合っただろうか?
考える間も与えてはくれず老人は続けます。
『人と物との間には不思議な縁があるもんだ。
目が合った。そうだ!それはな。
この大黒様は今のアンタにピッタリの物だってコトなんだよ』
今にして思えば無理のある理屈だとは思うんですがね。
何故か私も、あの時は『それも道理』として受け止めてしまってね。
『いくらだい?』
そう買い言葉を気持ちよく放っていました。
『10,000円!』
『高い!』
『え~い9,000円!』
『もう一声!』
『こら。神様を値切るんじゃない!
しかたねえ。持ってけドロボー!500円でどうだ!』
『よっしゃ買った!』
どうです。小気味良いやり取りじゃないですか。
そんなこんなでね。
上手いこと乗せられたのかもとは思いましたがね。
その日以来、
ずっともうこの大黒様は我が家の客間に鎮座しているのです。
それからというもの。これまた奇妙なことにね。
大黒様を招き入れてからこの10年。
待てど暮せど良い事など何一つ起きやしないんです。
まぁ、かといって悪い事だって何一つ起きなかったんですがね。
波風立たぬ湖面の様に、毎日が変わらずに只々過ぎていきました。
ひたすら平穏に。
結局のところ。
この大黒様は、私にピッタリの物でも何でも無かったんです。
あの老人の押し売り文句はただの啖呵売に過ぎなかったんです。
しかし今にして思い返せば、こうも考えられる。
あの老人の、
酒臭さの交じる副流煙にむせ返ったおかげで私はタバコをやめることが出来た。
それからというもの、喉の調子がいい。
食欲も旺盛。風邪一つひいていない。
無病息災。平穏無事な事この上ない。
そう思えば、大黒様のご利益と言えばこれぞご利益。
されど何もない日々。とても退屈ではありました。
無い物ねだりとでも言いましょうか。
そろそろ私もスリルが恋しくなってきたんです。
うだつの上がらなかった息子は、
知らない間に国際結婚をしていて、
何も告げる事なくフィリピンへと旅立った。
妻はアンティークだかポストモダンだかのインテリア事業に成功し、
いつだったか私の元から揚々と旅立った。
そう言えばもう、私の行動に文句を言う人間が誰もいないではないか!
もうすぐ定年退職、自由な金が入る。
FXとかいう博打で大勝負してやろうか!
そうそう。バンジーとかスカイダイビングとかもしてみたいよな。
あとは、アメ車とかをバリバリにカスタムして…、
そうだな、ムスタングがいい。
いつかYou Tubeで見たマッスルカードラッグレースというのにも出場してみたい。
私にもやりたいことは色々あるんだ。
そうです。私にはもう大黒様の加護など必要ないのです。
今現在。心平穏ではない人に。
そんなアナタにこそ、この大黒様をお譲りしたい。
今ここまで読んだ旦那さん。そうアンタだよ。
そう。この大黒様は今閲覧のダンナさんにピッタリだ。
持ってけドロボー!10,000円からでどうだ!?
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自分よりも年上の男をイメージして書いたら
奇跡的になかなかの小話に仕上がりました。
二度と書ける気がしません。
噺家さんか誰かが、この話を盛って盛ってアレンジしてくれないかなぁ。
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