スピンオフ

一点モノの家具を売ってみよう

千本ノック 7球目 もしハンドペイントスツールを売るならば

イタリアンハンドペイントが素敵なスツールをお譲りします。
出費者:32歳女性(管理職)
出品額:5,000円スタート

口上スタイル:たらい回し

二人にはそれぞれ、まったく種類の違う悩みがあるようです。
出品されるスツールは、その二人の狭間で翻弄されます。

【商品説明】

『あのさ。笑わないで聞いてほしいんだけどさ…』

ある日、他の課で同期の
友人A子にランチで悩み相談をされました。

『私ってこんなナリじゃん?だからさ…』

この子がこういう切り出し方をする時は、
決まって【らしくない事】を言い出す時。
私はソレが正直言うとあまり好きではありません。

入社研修で電話応対を教わって初めて敬語を覚えたようなこの男女が、
やれ営業部のエースにデートに誘われた。どうしよう?とか、
親にまだ結婚しないのかと、帰省して会う度にうるさい。
だからもう面倒くさいからアイツと…
その何だ…いやイイ何でもない。

…とかそんな話。
そうね、具体的に言うと。

まずい。先を越される。
と、決まってそんな劣等感を覚えるのです。

こんな事ならば課長への昇進なんて断ればよかった…。
この長身の宝塚女に私は女としては負けている部分など無いはず。

だって客観的に見てもそうでしょ?

でも実際には私にコナかけてくる男なんて、
ちょっと偉くなってからは一人も現れやしない。
いや…それは役職就く前も一緒だったか…。

悔しいけどそう。

認めたくはないけれど、何故かはわからない。
女としてのチャンスであの粗野なA子に実際負けています。

それがこんな時、あの子の話をこうして聞く時。
それがいつも私に何とも言えない焦りの様な感情をもたらします。

しかし、その日のA子の話は少し違いました。

『初めて話すけど、私って実は【姫系インテリア】ってのに憧れてんだよね』

何か可愛らしいことを言い出しました。なにこれイジリ甲斐がある展開。
私は黙って聞くことにしました。

WOWOWでのサッカーの結果を話す時と同様、興奮気味にA子は続けました。

『こないだ営業行った時さ。
すずかけ台のアンティークショップでカワイイ椅子を見つけたんだよ。
一点もの!知ってる?ハンドペイントって言うんだけどさ。
イタリアの職人さんが一つ一つ手作業で描き上げる
今ではあまり出回らない珍しいものなんだよ。ねえ知ってた?』

『ええ知ってるわよ』

私は興味深く答えました。
この子にまさか姫趣味があったとは。面白い。

スマホに撮ったその写真を私に見せながら鼻息混じりに続けます。
この姿のどこが姫なんだか…。

『こういうモンってさ、
ピンクや白が主流なんだけど緑だよ!?すごくね?このセンスの凄さわかる!?
もうね外回り中だったけどマッハで買ったよ。お買い得品だったしな』

『へぇ、良かったじゃない。…それで?』

私は、姫デザインの物は正直好みではない。
だからどうしてそこまでアツく語れるのかまでは理解できない。
でも、A子を初めて女子としてイジれるのは、
思えばその瞬間は共感に近い友情を感じ得たのだと思います。

『でもさ…。これ。もらってくれないか?』

唐突でした。何よ今までのテンション。
激しい感情の落差に『なんで?』と咄嗟に答えました。

すると間髪入れずにA子は言いました。

『カレシのシュミじゃないんだ。
ごめん言い忘れてたけど今度同棲することになったんだ。
報告遅れてごめん!』

フッ…そういう事。なるほどね。
彼氏が既にいた事すら知らなかったわよ。

頭にきた。

私は冷めたパスタを口に運んで、
動揺を悟られぬ様に颯爽と立ち上がり言いました。

『いいわ。貰ってあげる。昼休み終わるわよ。先行くわ』

いいわよ。そうね貰ってあげるわ。
でもね。
どんなにいいデザインだったとしても速攻メルカリで売ってやるんだから。
そして今日のエピソードを結婚式で友人代表としてスピーチしてやるんだから。
覚えてらっしゃい。

…という経緯の出品です。

イタリアンハンドメイドスツール。確かに素晴らしいペイントです。
詳細は聞いていません。
足に少々の傷はあるけれど、座面は非常に綺麗です。

アンティークの商品は、とりわけ慎重に扱いましょう。
経年による劣化の恐れもありますので、配送前にもう一度チェックを。
緩衝材も多めに。